
「深川」と聞くと、東京というより江戸の下町というイメージが自然に浮かびます。
現在でも深川という町名は残りますが、江戸時代の頃の深川は江東区の西側一帯をさす広い範囲だったようです。武家屋敷や門前町があり、多くの人が行き交い、賑わう場所として栄えました。
あの「奥の細道」で有名な松尾芭蕉も旅立つ前に、深川に庵を構えて俳句を詠んでおり、今でもこの地に芭蕉ゆかりの史跡等が残されています。
今回は、都営大江戸線・東京メトロ半蔵門線「清澄白河駅」から出発して、周辺にある深川や芭蕉にちなんだ歴史探索めぐりのおすすめ散歩コースを紹介します。
深川江戸資料館
都営大江戸線・東京メトロ半蔵門線「清澄白河駅」のA3出口から徒歩3分ほどのところに、深川江戸資料館があります。
資料館の常設展示では、江戸時代末期におけるこの深川エリアの町並みが細かく再現されています。復元されたものとはいえ、問屋、長屋、船宿をはじめ、路地、やぐら、生活で使っていた家具などが臨場感をもってほぼ実物大で展示されているため、当時の庶民の暮らしを伺い知ることができます。





採茶庵跡、芭蕉俳句の散歩道
深川江戸資料館から一旦、駅のほうに戻り、清澄通りを南へ門前仲町方面に進んで、橋を渡れば、すぐに小さな庵にこしかけている松尾芭蕉の銅像が見えます。
ここは採茶庵(さいとあん)と呼ばれていて、江戸時代中期の俳人で、芭蕉の門人でもある杉山杉風(すぎやまさんぷう)が建てた庵室があったと言われています。芭蕉は奥の細道の旅に出る前に、ここにしばらく滞在し、その後門人達と別れ、隅田川を北上して旅立ちました。


この採茶庵跡から「芭蕉俳句の散歩道」と書かれた案内が掲示されているので、行ってみまし
ょう!
川沿いの細い道を進むと、清澄橋までおよそ200mの間に芭蕉が読んだ句が書かれた絵入りの立札が18個並んでいます。俳句が詠まれた世界に思いをはせながら、歩いてみるのもいいかもしれませんね。

散歩道の終わりから、清澄橋を渡って今度は北に進路を取ると、右に清澄庭園、左に清澄公園が見えてきます。
清澄庭園はここ清澄白河周辺では一番有名といっていい観光スポットですが、四季折々の美しい庭園風景が楽しめます。隣接している清澄公園は緑が多く、子供が遊べる遊具も設置されているので、親子連れや散歩している人を多く見かける区民の憩いの場になっています。庭園は有料ですが、公園は常時開放されていますので、時間がある方は庭園や公園の中も合わせて散策してみてください。
公園の横を抜けてさらに北に進み、小名木川にかかる萬年橋を渡ります。萬年橋は、今では鉄制の橋ですが、江戸時代には葛飾北斎の「富嶽三十六景」や歌川広重の「名所江戸百景」などの絵に描かれ、富士山がきれいに見える名所として知られていました。ここにもさりげなく、橋のたもとに芭蕉の有名な一句「古池や蛙飛びこむ水の音」が書かれています。


芭蕉稲荷神社、芭蕉庵史跡展望庭園
萬年橋を渡ってすぐに横の路地に入ると、小さい祠のような、芭蕉稲荷神社が見えてきます。
芭蕉が住んでいた草庵(芭蕉庵)があった場所とされ、ここで芭蕉は多くの俳句を残しました。芭蕉没後は武家屋敷となり、幕末から明治にかけて焼失しましたが、大正時代に地元の人達によって祀られました。
また、この芭蕉稲荷神社のすぐ近くに芭蕉庵史跡展望庭園がありますので、ついでに寄ってみましょう。小さい庭園ですが、芭蕉の銅像がここにも置かれています。隅田川と小名木川に隣接し、ここから眺める清洲橋の景色はとてもきれいです。



江東区芭蕉記念館
芭蕉庵史跡展望庭園から5分ほど歩くと、江東区芭蕉記念館があります。ここでは、芭蕉の生涯や、深川での俳句活動などをパネル等で分かりやすく説明されています。
また、年に2回ほど開かれる企画展では、その時のテーマに沿って、俳句のことを詳しく資料を通して知ることができます。テーマは必ずしも芭蕉のことだけに限定されていませんので、俳句のこと全体に興味がある方は、ぜひチェックしてみてください。
敷地内には狭小なスペースの中でも、ちょっとした庭園を造っており、かつて芭蕉の句に詠まれた草木や、句碑、芭蕉庵を模した堂があります。




ここから、少し来た道を戻って深川芭蕉通りを歩けば清澄通りへ出るので、清澄白河駅に戻って今回の散歩はここで終了です。全長約2~3kmの行程になりますが、途中訪れたところをじっくり見れば、半日くらいは楽しめるので、いい運動になると思います。
また、清澄白河は近年、本格的なコーヒーが飲める町としても知られ、今回紹介したコース周辺にもおしゃれなカフェがありますので、休憩がてらコーヒーを楽しむのもいかがでしょうか。ここでは紹介していない史跡や、下町情緒が感じられるところは、近くにまだまだありますので、ぜひ訪れてみてください。
【今回歩いたコース】
